酒
米を磨き、酒を醸す
「酒米になるのではないか」イセヒカリの収穫量が増えるにつれ、そんな思いが桑村祐子の胸に宿りはじめます。
6つの町からなる京丹後市にはつい数年前まで各町に1軒2軒、多い町で5軒もの酒蔵がありました。京都府が縦に長く、ものの流通が発達しなかったため「町民が食べるものは町内で賄う」という文化が、長く続いてきたからです。
京丹後市六町のひとつ、大宮町の周枳に残る最後の酒蔵「白杉酒造株式会社」は地元丹後の食用米で酒をつくることを早くから試みている全国でも数少ない酒蔵です。
「大宮町ではうちのみになりましたが、去年までもう1軒、酒蔵がありました。弥栄町に2軒、久美浜町に2軒、そして峰山町、網野町、丹後町にもそれぞれ酒蔵がありました。その町の人は、その町の酒を、空き瓶片手に歩いて買いに行く。そんな形が続いてきたから今がある。何十年と買いに来てくださっているお客さまも、うちの酒でないと決まらん、と言ってくださいます」と、11代目の白杉悟さんは目を細めます。
江戸後期の創業以来、240年以上続く白杉酒造は、酒蔵としては小さいもの、蔵のすべてのお酒を丹後でとれた食用米でつくっています。
「普通、日本酒づくりには酒米(酒造好適米)と呼ばれる特殊な米が使われます。酒米には米粒の中心に心白と呼ばれる疎密な部分があり、そこに麹菌が根を張って繁殖しやすいようになっていますが、食用米にはその心白が一切ないため、麹にするのが難しいのです。蔵のすべてのお酒を、麹米・掛米ともにオール食用米でつくっているのは、全国的にも珍しいと思います」
大学卒業後、蔵を継ぐために京丹後市に戻った白杉さんは、地元でとれたコシヒカリのおいしさに、深い感動を覚えたそうです。一方、蔵で使っていた酒米は、その確保に苦労することも少なくなかったと言います。いずれ酒米ではなく、ごはんにする米で酒をつくる日が来るのではないか。「せっかく地元においしい食用米があるのだから、その味わいを日本酒で表現できないか」そんな思いが湧き上がり、全量食用米に切り替えることを決めました。
白杉酒造の「お米らしいお酒」を生み出す主な品種は、コシヒカリ、ササニシキ、ミルキークイーン。そこに今回、和久屋傳右衛門を醸すためのイセヒカリが加わります。酒米に比べて粒が小さく硬質、玄米の六割を磨き、食用米の個性を存分にのせた吟醸酒を醸してくれました。
その酒づくりには、もうひとつ欠かせないものが「仕込み水」
蔵奥の山ぎわに大昔からある手掘り井戸から汲み上げる水は、「超がつくほどの軟水」だといいます。
「仕込み水が軟水というのは、長らくお酒づくりにとっては欠点とされてきました。酵母にとって栄養が少なく、発酵が緩やかになることで雑菌に負けやすくなるからです。一方、軟水だとごはんもお出汁もおいしく仕上がります。軟水には、素材の個性を引き出す力があるんです。何百年も前からずっとあるうちの水は、実は、食用米の個性を引き出すのに最適な水だったんです」
和久屋傳右衛門は、「火入れをしない無濾過生原酒に仕上げ、麹が生きている状態で届けることにしました。荒けずりで雑味もあるが、それが旨みで魅力です」白い澱が揺らぐその水は、初めて飲むひとにも懐かしさを思い起こさせてくれるはずです。